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狂言とは

 狂言は、奈良時代に「雅楽」などとともに中国から渡来した「散楽」の系統を継ぐものと考えられております。
 「散楽」が庶民の間に徐々にひろまり、その過程で日本古来の芸能と混ざり合って「猿楽」が流行します。
 やがて仏教の芸能的要素に影響を受け、「猿楽」本来の滑稽なモノマネは「狂言」として、一方で歌や舞は「能」としてそれぞれの形態を確立して行ったものと考えられています。
 狂言はさらに、時代とともに単なるモノマネから進化して様々な世相を風刺する笑いの台詞劇として発展していきました。
 室町時代の初めに、観阿弥・世阿弥親子により、「猿楽」が現在の「能楽」とほぼ近いかたちに整えられた時には、「狂言」は「能」の座の中に組み込まれていました。
 室町時代後期から江戸時代初期にかけて、「狂言三流」が成立し、多くの小規模な能楽所属の「狂言方」も、徳川時代の制度整備に伴って、この三流に吸収されていきます。
 明治維新によって幕府の庇護を失うと。狂言の世界も混乱期に陥ります。
 昭和に入り、現在の「二流」(大蔵流・和泉流)がそれぞれ活性化されるに至ります。
 戦後になり、名人や若手たちが精力的に活動を繰り広げた結果、「狂言」の芸位の高さとその真価が広く認識されるようになり、今日では、国内のみならず、海外でも高い評価を受けるに至っています。

狂 言 ~永久に変わらぬ人の現世~

    「狂言」は独立した筋を持つもので、庶民性・喜劇性をもち、名もない庶民の哀歌を描き、庶民の目線で物事を見、風刺あふれたものが多くなっています。
 このように「狂言」は、当時の庶民の日常生活を軸に、多くの物語が展開しています。
 また、当時の世相が反映されていますから、親しみやすく、かつ分かりやすいものとなっています。
 それは時を経た現代においても、色あせることなく、多くの人々が分かち合える日常的な感覚といえるでしょう。